60歳から一人暮らし|猫と始めた初めての賃貸生活と熟年離婚の話

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60歳で1人暮らし
60歳で1人暮らし
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60代。ひとりで生きると覚悟した女の本音。

※これはエッセイです。
その時に思ったことを、思ったまま書きつらねたものです。

このブログを立ち上げたのが12年前。
49歳の時でした。

あれから12年。

私が12年後に、人生初の賃貸マンションでの一人暮らしを始めるなんて、想像すらしていませんでした。

夫婦と一人娘。
一軒家。
世間で大多数の平均的な環境の中で、一生を終えると思っていました。

夫と私は、
ほとんど会話もなく、
だからと言って喧嘩もなく、
必要な時にだけ助け合うような、まったくお互いに無関心な関係。

これって、一緒に暮らしているって言えるのかな。
私といて、あの人もかわいそうだな。

ひとりじゃないのにお互いに距離を感じながらも、今さら大きな決断をするほどの致命的な不満があるわけでもなく、このまま一生を終えるんだろうと思っていたのに…。

夫はたぶんお金の管理が苦手です。長い夫婦生活の中で、私が働く。私の収入で生活する。そんなライフスタイルが続いていました。

それが1番の私の不満でした。

でも、自分の親とは言え、献身的な介護をしている夫の姿には感謝しかなく、私に向ける愛情がどうであれ、人のために動くことができる人でした。

だから、
人間的には情という愛情を持ち続けることができていたのです。

義理の父が他界し、たくさんの「やらなければいけないこと」を進めていく中で、私は夫婦としても、残された時間としても、ずいぶんと限られてきていると実感する日々でした。

両親のあとは、
次は私たちが人生を終えていく順番なんだな。って。

今までの関係はどうであれ、長く共に過ごした相手と再び向き合うほうが、豊かな人生になるはず。と考え始めていました。私の心の支えであったお互いの両親を順番に天に見送っていく年齢になって初めて、ここまで共に過ごした時間への感謝も生まれたのです。

なのに、今私は、
あの時心に決めたこととは全く反対の決断をして家をでました。

 

義父が他界した後でおとずれた初めてのバレンタイン。
私の中で芽生えた小さな思い。

私を選んでくれた過去も含めて感謝し、会話がなくても笑顔を増やして、向き合っていきたいな。と思ったからこそ、ちゃんとチョコレートも渡そうと決めました。

自分のけじめと言う意味も含めて、向かった先は、有名パティシエの店。気後れするくらいの外観と、想像以上のおねだんに目をむきながらも、特別な日だから。と思い、奮発したあの日。

慣れないことをする自分への照れもあり、娘とともに夫にバレンタインチョコレートを渡しました。

和やかな会話。
リビングに差し込む光。

今日から私は変わる。

そう決意するには絶好のシチュエーションでした。

 

そんな中、
夫が突然、話したこと。
そんなの一度も相談されていない。

まず、
私に相談して進めるべきじゃない。

まただ。

またこんな話か。

これまでもずっと、気にしない。忘れよう。と自分の中に封じ込めていたこの話を、私はまた聞かされているのか。

こんなお天気のいいリビングで。

 

嘘みたいに、
本当に嘘みたいに、
さっきまでの私の決意が、さあっと冷めていきました。

泣いている自分。

周りの人も、そんなことくらいで。
と後々言われるくらいの小さなこと。
なのか?

そんな小さなことに、なぜ今の私は耐えられないのか。

 

今まで、もう別れたほうがいいんじゃないの。というアドバイスを受けながらも決断できなかった最後の境界線を、自分でもびっくりするくらいに、あっさりと超えた日でした。

泣いたけど、
でも、さっぱりしていたな。

自分にも、そんな思い切った決断ができるんだ。
離婚なんてできるのは、強い人だけだと思っていました。

 

離婚して家を出ると宣言し、そのために必要な手続きを淡々とすすめ、生まれて初めて弁護士事務所にも相談し、住むところを探し、年金事務所で年金分割の流れを教えてもらい、本当に前だけ見てロボットのように進む毎日でした。

感情が消えてしまった?
そう思うくらいに、悲しくもなかった。

たった一言で、
私がこんなに変わるなんて。

60歳を過ぎてからの離婚の手続きは、いろんな役所でいつも「それは大変ですね」という表情と、人に聞かれないように小さな声で話してくれる気づかいとで、逆に自分の年齢だからこその壁の重みを感じずにはいられませんでした。

でも、もう決めたことだから。

まったく迷いがない。
というか、迷う感情を捨てると決めた私。

 

でも、年金事務所の近くにある古いパン屋を見つけた時は、久しぶりに感情が動きました。夫と付き合って結婚するまでの間に、よく立ち寄っていたパン屋。あの当時でも古めかしかったのに、40年近くたった今でもまだ当時の雰囲気のままに残っているなんて。

久しぶりに立ち寄って
ビニール袋に入ったカレーパンを買った時。

封じ込めていたはずの感情が一気によみがえり、夫だけじゃなく、優しかった夫の両親の顔も次々に浮かび、涙がこみあげたことに、驚いていました。

40年。

やっぱりその歴史は長い。
私にとって。

1番困ったことは、家探しでした。

60歳。
一人暮らし。
猫も一緒。

こんな私を住まわしてくれる物件が本当に少なくて、家を出ると決めたものの、行く先がないことに困り果てていました。自分だけの収入で暮らすのであれば、ぜいたくはできない。不動産屋としても、収入の不安定さ、健康面、更には犬よりも部屋をダメにすると思われている猫(誤解だけどね)。私は出来れば受けいれたくない客のひとりでした。

もちろん保証会社にも登録。
2年更新ではなく、2年後には出て行ってもらいますよ。という定期借家契約。

賃貸って、オーナーがぜひ借りてください。

って思うのは新婚さんや若者だけであって、私は「あれもこれもそちらの条件のみますから貸してください」っていう立場なんです。

そうなんだ。
世間的にみた、私のラベリングを思い知らされました。

とはいえ、
今私は、神様が見つけてくれたとしか思えないほど、お気に入りの部屋を見つけることができました。第一条件である「眺望のいい部屋」にぴったりすぎる部屋。

街中なのに
大きな川
緑の濃い山

それを部屋全体でみることができるサンルーム。

そして、格安の家賃。

格安の理由は、築45年の古マンションだからなんです。でも、意外と平気でした。だって、部屋なんて、お気に入りのウッドカーペットを敷いたり、ふすまを外してきれいなカーテンに変えたり、自分でどうにでも変えられるから。

 

引っ越しの日は晴れでした。
気持ち良い天気の中で荷物を運んでもらい、さあ新居に運ぶぞ。と引っ越しのトラックが動き出した途端、雲行きが変わって、春の嵐になりました。

こんなことってあるの?

と思うくらいの雨。雨。豪雨。雷。

3階の部屋に何度も往復してくれる引っ越し業者の人もずぶ濡れで、布団やベットなどもそれなりの被害がありました。

こんなスタートっておもしろすぎる。
と、ポジティブ変換することに集中しました。

 

引っ越しが完了して箱をひらく作業中も、雨は続き、この部屋を選んだ一番の理由である眺望も、雨と激しく揺れる山の樹木を見せつけられるだけで、気持ちが憂鬱になってきました。

テレビなどの配線は明日きます。

と言われたので、無機質な部屋。
携帯で音楽を流して気分をあげてみたけれど、
不安そうな猫の顔。

ごめんね。

私の決断は、失敗だったのかも。

引っ越し初日に急に弱気になって、涙がでてきました。

食べ物もないので近くのスーパーにお弁当を買いに行くとき、ふだんはのんきな猫が、置いていかないでと言わんばかりに玄関まで追いかけてきて、無理にしめた古い扉。

ごめんね。
私のせいで。

築45年のマンション。
共用部分は古く、引かれたカーペットも汚れていて、エレベーターもない。古い階段を下りてスーパーに向かう間も、あんなに希望に満ち溢れていた前日までの私が、まるで別人のように思えてきました。

なんて、悲しい。

人生の後半に、こんな生活。

 

とはいえ、
感情が爆発してしまったのは嵐の引っ越し初日だけでした。

次の日は快晴で、

青い空。
流れる雄大な川。
緑生い茂る山。

反対の窓からは、街中を走る車。人。
そして、
私だけの空間。

自由すぎる。

昨日泣いていたのがウソみたい。私の感情はV字回復していました。猫も、捨て忘れた小さな箱で楽しそうに遊んでいて、あれ、これって天国なの?って思うくらいの感情のもどり。回復力。

こんなに変わるの?
私の感情って。

 

テレビもWi-Fiもつながり、自分だけの空間ができあがりました。朝起きては窓から景色を眺め、仕事に行くときも見る。お休みの時には、景色を見ながらパソコンを開き、テレビを見る。

好きな時にご飯をたべる。
偏食だった家族のことも考えず、好きなものを食べる。
猫とじゃれる。
綺麗に整えた部屋は、1日中きれいなまんま。

苦痛だった親戚づきあいもなくなり、
賃貸だから町内会もない。

ひとりで生きていく覚悟は必要だけれど、それに余りある自由が手に入りました。

もう完璧。

あの決断は正しかった。

そう思う瞬間を積み重ねて今に至ります。

 

でも、迷う場面はありました。
思ってもいなかった迷い。

60歳を過ぎて家をでたからこそのとまどい。

それは、
置いてきた過去の圧倒的な重さでした。

結婚して、育った家を出て、新しい家の娘になった事実。そこからの永い年月。結婚生活の中でしみついた夫の家族としての習性が、こんなにも違う私を作り上げてしまっている。という気づきでした。

手を合わせる時に自然にでてくる宗教も、実家のものではなく、夫の家のものでした。

あれもこれも。
様々な場面ででてくる私の習性。
夫の家で40年も生きてきた私がここにいる。

という事実。

 

そしてもうひとつは、

3人家族。
持ち家あり。

という世間一般の家族像の中に守られていた過去の私のこと。

誰かに言い訳する必要も、
変に強がる必要もないお手本のような家族像から外れた自分。

熟年離婚が増えてきたとはいえ、
やっぱり、
かわいそうな私。

に見える。

これらが、
私が家を出て初めて気づいた誤算でした。

 

とはいえ、
一人暮らしを始めて1年半。

今は穏やかに、大きなストレスもなく、平和に暮らしています。

猫とじゃれて、
景色をながめて、
夜には大きな窓をあけて、きれいな空気をおなか一杯に吸い込んで眠る。

そんな日々です。

 

将来の不安は増えました。
今後の住むところ。
お金のこと。
いつか訪れるかもしれない健康に対する不安。

だけど、
考えないようにしました。

今までもなんとかなってきたし、最後は結局いいかたちで落ち着いてくれるはずだから。

 

あれから1年半。

 

夫に離婚届も書いてもらい
離婚協議書にもサインしてもらい
あとは役場に届けるだけ。

という中で、

ちょっと手続き的なことで待ったがはいり、今年中には、来年早々には、と思っていた役所への届け出が遅くなっていく中、私に小さな変化がありました。

夫の事。

別に、きらいじゃない。

縁あって共に暮らした40年の歴史に感謝してる。

そして、
離婚までしてしまうほどのエネルギーもなくなってしまった。

なによりも、
一人娘が、心配している。
平気な顔をしているけれど、もう十分大人になって結婚もしているけれど、それでも、両親の決定的な離婚はつらいに決まっている。

私だってそう。

やっぱり不安。

そんな感情の変化や、生活で落ち着きを取り戻す中で、離婚は踏みとどまりました。

籍は入っていて、書類上は夫婦。
だけど、別居中。

という肩書です。
これが1番、誰の心も無駄に消耗しないカタチでした。

 

今私は健康で、働くことができて、きっと体が動く限り今後もずっと仕事をしていくつもりです。一人暮らしなので、生活の刺激も必要だし、外にでることでしゃきっとできるし。

結果、よかったな。

なにもかもよかったな。

って思えるように、自分で運命を変えてしまえばいいと思っています。楽しんじゃえばいい。これ、きれいごとでもなんでもなく、もまれながら生きてきた私がたどりついた境地。

あんなに気になっていた占いも、
引っ越しの時に気を付けなさいと周りから言われていた方角も、
新年の「あなたの今年の運勢」も、今の私には全く興味がないんです。

そんなの、私が変えるから。
誰だと思ってんのよ。

と思える境地。

これを手に入れました。

一人ぐらしを始めて一番良かったのは、この強さを手に入れたことかな。

 

ひとり暮らしって本当に、なにもかも自分でするっていうことです。今までも自立していて、なんでもできると思っていたけれど、勘違いでした。

夫に任せっきりだった、
保険のこと。
Wi-Fiのつなげかた。
虫がでてきたときの対処法。
コロナでうなっていた時もひとり。

でもそれを上回るくらいの自由。
ひとりで乗り切ってきたという自信。

 

だけど欲を言うなら、
また人生をやり直せるとしたら、

今度は死ぬまで仲良しの夫婦として生きなおしてみたいな。
別の人と。
夫とは、近所の気のあう仲間くらいの立ち位置で出会いたい。

今チャットGPTが話し相手になってくれるから寂しくはないんだけど、猫をぎゅうっと抱きしめるたびに幸せがこみあげてくるんだけど、やっぱり今度生まれ変わったら、大好きな夫といろんなところに旅行に行ったり、話題の店にご飯を食べに行ったり、どちらかが入院したら、毎日お見舞いに行っていろんな話をして励ましたり、そんな人生がいいなって思っています。

 

でもちゃんと、
私は今幸せです。

わたしはもともとひとりが好きだから、今のこの人生もかなり気に入っています。

結局、別の人生だって、実際に経験してみないとわからない苦労もあるはずだし。

ひとりで生きることの苦労もあるけれど、孤独を楽しめる私にはありがたい試練で、だからこそ案外やすやすと乗り越えられたと思っています。

まだしばらくは
この部屋で
景色を楽しみながら、
猫をなでながら、

チャットGPTに悩みをぶちまけながら、私らしく生きていきます。

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